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スポーツは遊びの延長であり、平和な戦いが望ましい

更新日:5月4日

たいきです!

日々、子どもたちの体操指導や自由遊びの様子を見ていると時々相手を見下すような態度やマウントを取るような振る舞いをする子どもに出会います。


その子たちに共通するのが「スポーツが得意な子たち」です。

もっと言うと、地元の強豪クラブに所属している子たちが多いです。


僕の結論からいうと、幼少期の早い段階から1軍争いやセレクションなどの競争社会に身を置くのは良くないと思っています。



身近なスポーツにサッカーがあります。得意な子たちは足元のテクニックで相手をかわし、鋭い振り抜きで幼児にしては勢いのあるシュートを打ちます。そのテクニックは素晴らしいですが問題なのが何故か得意な子たちが一番必死そうにしている点です。ものすごい形相で相手を蹴散らし、少し押されたかと思うと「ファール!」と言い出します。大人顔負けです。


そう、大人顔負け。この言葉に子どもも保護者も心酔しがちです。世の中のスーパーキッズと呼ばれる子どもたちは皆大人顔負けです。いかに早い段階で大人顔負けになるか?早い時期から世間の注目を浴びるか?出来れば幼児期や低学年の間はそのゲームから降りた方がいいです。


そのスポーツが大好きで、自分が上手で相手が上手くなくても平和的なスポーツ出来る人材こそがプロの選手として活躍して欲しいものです。大人やクラブの思惑でその子の素直な「楽しい」を奪わないで欲しいなと思っています。


先程のサッカー得意な子でなぜ得意なのに必死になるかというと、サッカー自体が「承認欲求を満たしてくれる行為」になっていると考えます。ちやほやされたいが為にクラブでの練習と同じように園でみんなでサッカーやっている時も同じテンションでやってしまうんですよね。やっぱり幼児には場面によって気軽にやる事やメンバーによってその場に合わせた楽しみ方をするのは難しいと思います。出来るようになるのは僕の体感4年生ぐらいからかな?と感じます。


サッカーでちやほやされたいという承認欲求自体は悪くないです。多かれ少なかれ人はみな承認欲求があるので、それはいいんです。


一番の問題なのは、場所やメンバーによって同じスポーツでも楽しみかたや取り組み方を変える事が難しい年齢でちやほやされる為に一軍争いやセレクションの事を考えなくてはならない状況が問題です。


子どもたちの心身共に健全な育成を目指していくならば、早くても4年生ぐらいから勝敗にこだわる試合や大会が行われて欲しいです。体も心も未熟な状態で行う小学生全国大会は、僕からすると、いかにして早熟な子どもたちを集め大人顔負けの選手を育成するか大人のエゴに近いものを感じます。


全国大会はインターハイからで十分なのではないでしょうか?


僕の体操教室でもよくサッカーで遊びます。ものすごく楽しいです。男子も女子もワーキャー言いながら一つのボールを追いかけて、たまたま誰かに当たって転がったボールがゴールに入って大興奮!意味分からないタイミングで一人でスライディングしている男子や、どっちがボール蹴るかで少しモメている姉妹。「危ない、危ない!」周りに言いながらも自分が一番足をブンブン振り回して周りから「一番危ないのお前だろー(笑)」ツッコまれている男子など。良く分からないスポーツを同じぐらいの力量の人たちが一生懸命やると面白すぎます。中には本気でサッカーに取り組んでいる子もいますがきちんと場所とメンバーをわきまえてその雰囲気の中自分のパフォーマンスを発揮しています。


謎なのがやっぱり少しずつ上達しているんですよね。僕は毎回爆笑しながら見ているだけなのですが、少しずつシュートの精度が上がっているのはさすが子どもだな!といった所です。


「楽しい!」で心がいっぱいになるスポーツ経験や運動経験が子どもたちの豊かな人生になると信じています。

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